『九頭龍大神』の持つ力

scenic photo of clouds during daytime スピリチュアル
Photo by Stanislav Kondratiev on Pexels.com
スポンサーリンク

日本も令和の時代となり

独自の個性、生き方、考え方から

ファッションなどあらゆる面で

個人のあり方を見つめ直す

時代となって来たと思います。

そんな中以前から本当に

気になっていた龍神様「九頭龍神」を

調べてみようと思いなした

九頭龍神は

何故9個の頭を持たなくてはならなかったのか、

九頭龍神の伝説と合わせて

日本の九頭龍神を調べようと思います。

絶大な力を持ち『神』とされる
『九頭龍大神』

九頭龍の姿が、多様では有るが一つであるということ

それが、平和な世界を表していると思えてならないのです。

「九頭龍伝説

文字の通り、頭が9頭になっている龍のことであり

体は1つとなっています。

龍の王様『九頭龍』が持つ力は別格である

戸隠神社は、長野県戸隠山周辺にある神社で、

天照大神が天岩戸にお隠れになった時、

岩戸を押し開いたアメノタヂカラオを

主神として祀っています。

九頭龍は、それとは別に

地主神として祀られており、本来は九頭龍が

戸隠神社の源となる神だったのかもしれません。

戸隠神社の九頭龍伝説

鎌倉時代中期に書かれた阿婆縛抄(あさばしょう)には、

戸隠神社にまつわる九頭龍の逸話が残っています。

『嘉祥2年 (849年) 頃、学問という名前の行者が

大きな岩窟で法華経を唱えていると、南方から

九頭龍が現れて、

「私は、元は人間で別当(大きな寺の事務を総括する

総務)であったが、仏に供えられた財物を着服

してしまい、このような姿になってしまった。」

と言いました。

学問行者は法華経を唱えてやると、岩窟に身を隠しました。

学問行者は、大きな岩で岩窟を封じると、

九頭龍はやがて水神としてその土地の人々

を助けたと言います。

のちに、九頭龍権現として人々から

信仰をういけるようになりました。

 戸隠神社の九頭龍様は

水神だけれはなく、雨乞いの神、縁結びの神、

虫歯の神としても信仰されています。

『東海道中膝栗毛』の作者である

十返舎一九は「戸隠善光寺往来

「九頭龍権現は梨を神供とするため、

梨を供えれば、虫歯が必ず治る

と書き残しています。

箱根神社の九頭龍伝説

箱根神社は、神奈川県箱根町にある神社です。

箱根大神

(コノハナサクヤヒメ、ニニギノミコト、

ホオリ 〈山幸彦〉)を主神

としてまつっています。

九頭龍は箱根神社の境外に社を造られ、

まつられています。

(箱根神社に伝わる九頭龍伝説)

奈良時代、

芦ノ湖には毒を持つ九頭龍が住み着いており、

雲を呼び、波を荒れさせるなどの悪さをし、

人々を苦しめていました。人々は、

九頭龍の怒りを鎮めようと、泣く泣く娘を生贄に

差し出していました。

箱根神社を開いた奈良時代の高僧「万巻上人」は、

これを見ると、人々を救うため、

芦ノ湖の底にある逆さ杉に九頭龍を縛りつけ、

法力で調伏させます九頭龍は懺悔し、宝珠と錫杖、

水がめを差し出して帰依したため、

万巻上人は龍神として

手厚くまつったといいます。

毎年7月31日に行われる湖水祭は

万巻上人が九頭龍をまつった際に龍神祭

をひらいたことに起因し、

現在でも箱根神社伝統の祭として多くの人々

に親しまれています。

福井県九頭竜川流域の九頭龍伝説

白山信仰を開いた泰澄(たいちょう、

天武天皇11年6月11日

(682年7月20日)は、白山山頂で

十一面観音の化身である九頭龍に出会い、

悟りを得ました

また、白山の神である白山権現が

人々の前に姿を現し、自身の像を川に浮かべると、

九頭龍が現われます。以降、

この川を九頭竜川と呼ぶようになった

と伝わっています。

鹿野山の九頭龍伝説

ヤマトタケルの八岐の大蛇は、場所によって

九頭龍ではないと言われていますが、頭数の多い

大蛇となると共通点が多いので伝説として紹介します。

千葉の鹿野山麓の鬼泪山(きなだやま)には

九頭龍という九つの頭を持つ巨大な大蛇が棲み着き

村人を襲い人々を喰らったという伝承がある。

村の長が都に使いをたて大蛇退治を願い出たところ、

(日本武尊ヤマトタケルノミコト、

が大蛇退治に遣わされた。

村人がその恐ろしさをタケルに語ると、

タケルは腰の剣を抜き

「必ず この草薙剣で大蛇を退治してみせる」

と誓い、村人の案内で小川沿いの道を鬼泪山に分け入った。

タケルは懸命に九頭龍を探すが一向に見つからない。

疲れ果てていつしかタケルは眠ってしまった。

するとそこに九頭龍が現れ、タケルを一飲みにしてしまった。

三日ほど経ったある日。

村の娘が小川で洗濯をしていると、

だんだんと川の澄んだ水が赤く染まっていった。

娘はあまりのことに驚き、村人を呼んだ。

との時に

ヤマトタケルノミコトが現れて

「つい油断して九つの頭の蛇に一呑みにされてしまった。

幸いにも生きていたので 約束どおり この剣を抜き、

奴の腹の中を滅多斬りに切り裂いて、外へ出られた。

そして、九つの頭を全部切り落としてやった」と言った。

このとき流れ出た血が、

鬼泪山北麓を流れる川を三日三晩染めたので、

今でもその川のことを

「(血)染川」と呼んでいる。

なお、退治された九頭龍の霊魂は長年を通じて供養され、

「九頭竜権現」として祀られるに至り、

今でも神野寺仁王門に鎮座されている。

また、鹿野山測地観測所の下には

「大蛇作」「蛇堀」などと呼ばれる場所がある。

かつて大蛇の棲息していた場所だという。

ヤマトタケルノミコトと八岐の大蛇の話は、

八岐の大蛇にお酒よ飲ませ、首を切ったと言う話もある。

平城京の九頭龍伝説

発掘された書物の中に

発掘された平城京の二条大路木簡には、

奈良の南山に住む九頭一尾の大蛇に疫病(天然痘)

の原因となる鬼を食べて退治してもらい、

都での流行阻止を祈願したとされる文が書かれている。

ここでは人を害するものではなく、

病気を食べる利益をもたらすものとして扱われている。

書物は縦書きではあるが

「南山之下有不流水其中有 

一大蛇九頭一尾不食余物但

食唐鬼朝食 三千 暮食 八百 急々如律令」

と書かれているしかし

唐の時代にも同様の呪文が書かれているが

九頭龍の文字の場所には(地中有蟲、赤頭黄尾)となっており

九頭とは記載されていないため

日本独自の解釈といえます。

(コロナの時に九頭龍神に祈ればよかったです。)

三井寺の霊泉と九頭龍大神伝説

 近江国三井寺(園城寺)金堂の近くには

天智天皇・天武天皇・持統天皇の三帝が産湯

に用いたという霊泉が湧いている。

この霊泉は「御井(みい)」と呼ばれ、

「御井の寺」から三井寺の通称となった。

その霊水は、古より「閼伽水」として

金堂の弥勒菩薩に御供えされてきた。

この御井の霊泉には九頭一身の

龍神が住んでおられる、と今に伝わる。

その九頭龍神は、

年に十日の間、深夜 丑の刻に姿を現して

黄金の御器を用い水花を

金堂の弥勒菩薩まで供えに来られるという。

そのため、その期間は泉のそばを通らない

仕来たりであった。

近づいたり、覗いて見るなどの行為は、

「罰あり、とがあり」と言われ禁じられてきた。

阿蘇山 宝池の九頭龍神

「建保元年(1213年)癸酉七月八日九州肥前国

小城郡牛尾山神宮寺法印権大僧都谷口坊慶舜」がある。

この中でも、仏教的な九頭龍伝承が語られている。

長い物語では有るが、

九頭龍神をよく表された物語だと思います。

以下、同書よりの意訳はこうなります。

大巌窟で千日の伏臥修行の後、

諸法は皆 空である旨をその石室で観じた。

かの釈尊が 菩薩技樹で悟ったように。

その修めをもって臥験という名となった。

臥験はやがて九州の肥後国は 阿蘇の峰に登り、

山の嶺嶽をもって法華経にある七宝の(塔の相を顕す)

場所となっており、高い峯が

四(方に広がる波羅蜜「はたみつ」への)

門の扉となって開き、そびえていることを理解した。

八功徳(はっくどく)の水は池に

清潔さをもって澄みわたり、

自ら五色の波をたて広がっていた。

そのさざなみは四波羅蜜(しはらみつ)、

三解脱門を備えており、

奏で出されていた。

南山に落ちる夕日の光が湖池の浜を

金色に染め上げ、銀色の砂が敷詰められる。

樹木の間に間に花の色が重なり交わり、

極楽浄土の如き荘厳さを呈していた。

般若宝珠なる信心堅固な至誠を捧げ

凡夫の決して見ることは出来ないこの宝池の

主に拝することを心から願い経を誦した。

法華経の第三巻目に達する前に、まず鷹が現れた。

しかし、小鳥の王でこの宝池の主に相応しくない

と言って退けた更に俗人・僧侶・竜が現れては

その一つ一つを池の主ではないと退けた。そして、

十一面観音が現れ光明が赫々と輝くに至った。

それでも 池の主ではないと退け、さらに経を唱え続けた。

臥験は半月にも及んであえなく見る物事が無かった。

そのとき、修法に従事していた 池の中から声があって

臥験に告げ言う。

「宝池において、主の正体を汝が拝むことあたわず。

罪障(ざいしょう)が重いゆえなり」と言う。

臥験は大いに激して言った。

「我は是 三界を領有し治める知識

や学問を身につけた聖なる持明者である。

悪魔降伏を信じて疑わない。

 八大童子が随う十二神将よ加護し給え。

第六天魔王をなお繋ぎ縛れ。何者が余の状況を評(ひょう)

してかように言うか。と。

臥験は経論章疏の要文を誦し、秘密真言や神咒を唱え

邪も正も一如であると念を凝らし観じて真俗二諦の法理を

修める間、山は動き地は騒ぎ 四方は悉く

長い夜の闇の如くになった。

九頭龍大神さま

そして、

ついに九頭八面の大龍が出現するに至った。

その龍は阿蘇の山のように高く嶺のように長く、

それぞれの顔面には三つの目が春の太陽のように出て

あるいは暁の星(金星)の如く照り輝いていた。

龍の口から吐かれる大炎は同じ焔の如く照るの迦楼羅だった

その身は虚空をうめて満ち満ちるほどの巨大さだった。

その気迫は大風の如く勢いをもっていた。

龍に呑まれると思い、法力を込めて持っている金剛杵を

大龍の顔にある三つの眼をめがけて打ち込んだ。すると、

龍は姿を消し、四方はあまねく晴れ渡った。

臥験は、池の主に会う願いを達したと思い、

山を下りにかかる。すると、蒼天 にわかに かき曇り、

大雨となり、川は洪水と化した。

臥験は川を渡れなくなったので、

山中の他の道を探すことにした。

ようやく一軒の小屋が見つかったところ、

そこには一人の若い女性がいるのだった。

臥験は、泊めてくれるよう頼むと、

快く承諾された。

臥験が裸になって

濡れた着物を乾かそうとしていると、

その年若い女性は、裸の臥験に

自分の着物を着せようとした。

臥験は、修行の身にとって女性は不浄であるから、

その着物は羽織れない旨を言い 彼女の好意を断った。

すると、女性は怒って「仏様は慈悲平等の心を教えていて、

浄(じょう)、不浄などを言いません」と言い、

臥験が断るのを無理に着せようとした。

そうこうしている間に臥験に欲心が起こった。

まだ知らない男女の交わりを試そうと女性を押さえつけた。

女性は抵抗して、「まず口を吸って接吻してください」

と懇願した。しかし、臥験は

「自分は日夜、口で秘密真言」を唱える身だから、

それはできない」と言う。しかし、

女性は「それでは目的が達せられないでしょう」と言うので、

しかたなく口を吸った途端、舌を噛み切られた。

臥験は気絶してその場に倒れた。

女性は大竜となって天に昇っていった。

臥験が意識をとりもどして辺りを見ると、

女性も家も自分の舌までもなく、

山中に独り取り残されていた。

臥験は犯した罪を悔い、

不動明王に念じて「舌を元通りにならしめ給え」

と一心に念じていると、14~5歳くらいの童子

が出てきて臥験の舌を撫でた。すると舌は元通りとなり、

心身ともに安らかになった。

そのとき天空の高みより声があった。

「我(われ)は、汝(なんじ)が

修法を施したことに対して、

汝が妙に思うとも種々の身に形を現した。

(女性が汝の身体に良かれと思って

衣をかけようとしたのと同様に)

真実の正しい身体というものには、

極楽世界では阿弥陀という衣を被っている。

この娑婆(しゃば)世界では十一面観音

という衣を被っている。再び(阿蘇に

登り 重ねて御嶽を拝すべし 宝の身体(躰)を

と仰るのだった。

臥験は、ただちに御岳に登る。

また、天空より声がして言う。

「汝の修法によって楽々示された種々の身形を観ても、

眼根・心根に障りがあるから本地を

見抜くことができないのだ

と。臥験は、

その場に重ねて座し印を結び

凝らしてただ無性に懺悔の意を尽くした。

霊峯の頂で十一面観自在尊が千の葉の連花に坐し

自ずから放たれる大光明に臥験が照らされたあの瞬間、

かの光明は十方世界を遍く照らし、

三十二相八十種好を具足奉る

金色相(こんじきそう)と一つとなり

音楽・芸術・美を司る畢婆迦羅の神の

身体そのものとなっていた。

「先ず現れた鷹の身のことを言うと、

是は霊山において会い法華経が説かれる

時の同聞衆の身形である。

次に示された俗な身形を示した者、

是は健磐龍命

(タケイワタツノミコト、阿蘇大明神)なり。

次に僧の身形を示した者、

是は比叡山座主 良源(912年- 985年)、

次に現れた龍身は、

この宝池の主として契りの無い池の大龍なり。

最後に現れた

十一面観音が当山の峯に常に住まわれる本尊で、

大慈大悲の大御心で衆生に利益を与えんとする実体なり。

汝の眼に罪障があるから実体を見ぬく

ことができなかったのだ。」

臥験は心から歓喜踊躍し礼の意を表して、

その場を去った。九頭の龍から若い女性、

そして天空からの声として現れた此の大龍者こそ、

法華経に説かれている同聞衆、娑伽羅龍王、

阿那婆達多羅龍王第三王子である。

是すなわち十一面観音の化身である。

{十一面観音とは}

十一面観音立像

苦しんでいる人をすぐに見つけるために頭の上に

11の顔があり、全方向を見守っています。

またそれぞれの顔は人々をなだめたり怒ったり、

励ましてくれたりするといわれています。

十種勝利(現世利益)と四種果報(死後成仏)

という様々なご利益があり、

千手観音菩薩と並んで人気の高い観音である。

六観音の1つに数えられ、

修羅道に迷う人々を救います。

日本では古くから、自然界のいたるところに

神様がいるという特有の自然崇拝の形があります。

神聖な場所はその土地を守る神様がいると

信じられてきました。

水のあるところに龍神が宿ると

言われています。

水神である、龍神様は、生命を

育てるだけではなく、「けがれや汚れを

を洗い流す」存在として考えられたそうです。

何故九つの頭になったのか

伝説を観て、良いことをする九頭龍神と

祟りのごとく災害をもたらす九頭龍神が

います。本来「九つ」という文字は

永久の意味の久に等しい意味だそうです。

また数字においても(1から9)は最後の数字として

無限大とされています。

11面観音の化身のため慈悲深い

龍神である。

白竜九頭龍

偉大な九頭龍神、希望と成る九つの頭

九頭龍神は、龍神の中でも

最も力のある龍神と言われます。

一の体から、頭が九つ有るということは

銀河宇宙からなる縦の世界、

各世界の横の世界の9世界を司る力を

持つように、9の知恵を備えられた

龍神であると考えられます。

かなりの力であり知恵の龍とも

言えます。

水ならば、九つの文明を作り、文化を

作って生命が生まれ、豊かになってゆく

そんな幸せな姿を象徴した龍神

だったのではないでしょうか。

悪さをする九頭龍神

戸隠神社の九頭龍伝説

にあった

「私は、元は人間で別当(大きな寺の事務を総括する

総務)であったが、仏に供えられた財物を着服

してしまい、このような姿になってしまった。」

と言いました。

また

阿蘇山 宝池の九頭龍神

のように、

「汝の修法によって楽々示された種々の身形を観ても、

眼根・心根に障りがあるから本地を

見抜くことができないのだ

人間の心のなかに、欲や見栄、神様や他人の物を

財物を着服してしまったり。

人間の目線の判断で、物事を観ることによって

本当の真心をみれなくなってしまった時に

気づかせる、罰ではないだろうか?

伝説の中で悪九頭龍として

存在した龍は、

悪事を働く前に、なにか人間に

対して許せないことが

あったのではないかと思ってしまうのは

思い過ごしでしょうか?

九頭龍A1サイズ 後で気づいたら92(9ク2ズちょっと強引かな)番目の投稿でした笑 #九頭龍 #一筆龍 #龍神 #日本伝統 #風水 #陰陽五

まとめ

以前から九頭龍神が、何故かとても気になっていて、

九頭龍神を考えると「多様性の中の一体化」とか

「世界の平和」を表す龍神様だと深く

思ってしまいます。

また他の単独の龍に比べて

不自由さや孤独感など有るのではないか

と感じてしまい、龍神の中でも

何より大好きで愛している龍神様です

今回、調べて「平和の象徴」

「嘘偽り、欲のない美しい心」を

見抜く龍神様であることを知りました。

より九頭龍様への愛が深まります。

body of water during dawn
Photo by Pixabay on Pexels.com

(ゆゆ独り言)

私は、神様を信じていて、それはとても、

とても大きな存在で

命のあるもの全ての心の中にも存在していて、

悲しみ、辛さ、嫉妬、孤独

優しさ、素直、美しさ、愛

ありとあらゆる感情をも知って

飲み込んで、それでも命あるものを

すべてを愛そうとされているのが

神様なんだと思うのです。

最後まで見てくださりありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました